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宝塚歌劇団についてひたすら書くよ

【花組】MESSIAH(宝塚) お芝居を観て思った疑問回【ネタバレあり】

すでに東京宝塚劇場公演も始まっていますが、未だにチンタラと宝塚大劇場で観た時の思い出を書いていきたいと思います!

今回はメインキャストのひとりであるリノと、リノと四郎の関係あたりをちょっと書きたいな…かけるかな…といった感じです。

このエントリーに限らずこのブログでは当然(作品もキャラクターも演者も)貶す意図はありませんが、ちょっと今回は不愉快に感じてしまう方もいらっしゃるかもしれませんので、最初に注意書きをしておきます。

 それでは本題。

どのような作品であっても「こいつの気持ちめっちゃわかるわ~~!!」っていうキャラクターもいれば、「こいつの考えはよくわからん、そういうキャラなのか?」というキャラクターに出会うことがあると思います。
私にとって、リノは「この子は何をどうしたいんや…」と思うキャラクターのひとりでした。

リノちゃん(なんか可愛らしいのでつい「ちゃん」をつけたくなる)自身は非常に真っ直ぐなキャラクターで、
サンタマリアの神聖さを流雨さんに感じており、その美しさを清らかさを自身が絵として消化してみせる!という愛らしい青年です。

ところが突然海賊兄ちゃんズがやってきて、思わず短刀を向けてしまいます(まあこれ当然だよねっていう)。

といったことはさておき、私にとって彼の「わからない」ところはちょっと説明し辛いんですけども…。

どうして結局島原の乱に加勢したの?

まあそりゃ話の展開上だろ、っていうことなんですけど(身も蓋もないやつ)。

今作の主題歌である「メサイア」を歌って村民たちが蜂起する中、リノは神は自身の中にいるなんて恐れ多い、なんでこの人達こんなこと言ってるの?って感じなんですよね…?多分…。
私そもそも本当にリノちゃんが全くわからなくて、初日に観たときは「また仲間はずれにされてる…」っていう感想しか出なかったという(金色のテオドロスとか、なんかれいちゃんはお芝居でハブられてしまうイメージが多い)。

リノの考え方自体は別に全くおかしくなくて、むしろ村民の方がいうたら「趣旨替え」しているようにリノの目には映ったのでしょうから、あの反応は普通だと思うんです。
だけどそれならなぜ参加したの!?と思ってしまう。疑問すぎる。みんながやってるから力になりたいって思ったのかな。そのへんの描写がないのでうーんわからんってなってしまいます。プロリノの方に教えていただきたい部分。

ちゃんと事情を喋って!!!!

原城に立てこもった天草一同に、幕府からの話し合いの訴状が届き、リノが代表として訪れ、伊豆守から辛い選択を強いられます。


きっとメサイアの歌の時には「なんやねんアイツ」と思っていても実際に戦がはじまり、自由を、はらいそを自分たちの手で作ろうと決意した島原キリシタンたちの瞳の輝きに「これでよかったのかもしれない」と彼も感じたのかもしれません。そして知らず知らずの間に四郎のカリスマ性に引っ張られていたのかもしれません。

とはいえ、ちゃんと事情は喋って…としか思えず…。確かにどちらも受け入れられるものではありませんし、絵を描くことを生業としているリノにとっては色々とパンクしてしまうこともあるでしょう。
しかし突然「四郎やってやる~~!!!」というのは如何なものか。もうちょっと対話というものを持って!お願い!と思わずにはいられませんでした。

そして地下牢に入れた後、四郎も事情を聞いてやるべきだったのでは…。鈴木のファインプレーで助けられただけやないか!!(鈴木さんその節は本当にありがとうございました

まあこの部分は、史実として幕府側と内通していたという説があるようですから、その側面を形を変えて描いたのかなと捉えていますが…うう~ん!

でも辛い立場だよね…がんばったよね…

とはいえ、結局は唯一の生き残りとして死ぬことも許されず、名前も捨てて生きるしかないというのは、はらいそを創るために死ぬよりもずっと辛いことだと思います。遺された人の方が辛いっていうしね。
その中で、家綱との対話、そして伊豆守との再会というのは、彼にとっての救いであり、彼自身のはらいそを築くきっかけといいますか、階段が出来たのだろうなと感じます。

最後のれいちゃんも泣きそうな日や、強く決意を新たにした表情を見せた日もあり、改めて「生のお芝居は面白いなあ」と感じたシーンでした。

これまた長くなってしまったので、次回は各キャストについて個別に感想が書けたらと思います!